シュミット・トリガ回路の2つのしきい値
図1は,2個のNPNトランジスタと抵抗を用いたシュミット・トリガ回路です.図2は,図1のINの入力電圧とOUTの出力電圧の入出力特性になります.入力電圧V(IN)を0Vから5Vへ推移させたとき,出力電圧V(OUT)がLow("L")からHigh("H")へ切り替わるVTH1のしきい値は,おおよそ何Vでしょうか.正しいと思うものを(a)~(d)の中から選んでください.
VTH1のしきい値はおおよそ何Vでしょうか?
(a)1V (b)2V (c)3V (d)4V
シュミット・トリガ回路は,入力のアナログ信号をしきい値電圧と比較して,ディジタル信号として出力するコンパレータになります.この問題は,シュミット・トリガ回路の2つあるしきい値(VTH1とVTH2)のうち,入力電圧が0Vから5Vへ推移したときのしきい値(VTH1)を検討します.入力電圧が0Vから5Vに向かって電圧が推移したとき,VTH1を境にQ1とQ2のON/OFFが変化します.このとき出力電圧は"L"から"H"に切り替わります.この切り替わるときの回路動作を読み解き,トランジスタのベース電流を無視したおおよその電圧を検討すると分かります.
入力電圧が0Vのとき,Q1のベースは0Vです.そして,Q2のベースは,R1,R2,R4の抵抗分圧により,バイアス電圧が加わることから「Q1はOFF,Q2がON」になります.この状態から,入力電圧が5Vに向かって推移し,Q2のベース電圧より高くなると「Q1はON,Q2がOFF」になります.それで,出力電圧は,"L"から"H"に切り替わります.この動作により,しきい値は,出力電圧が切り替わる直前のQ2のベース電圧になります.しきい値になるQ2のベース電圧は,電源電圧5Vを「R1+R4」と「R2」の抵抗分圧した電圧です.なので「VB=VTH1=V+×R2/(R1+R2+R4)」より「VTH1=3.2V」となります.よって,(a)~(d)の中で近い値は,(c)の3Vになります.
●シュミット・トリガ回路は雑音に強いコンパレータ
シュミット・トリガ回路の特徴は,しきい値が2つあり,入力信号に雑音が重畳しても出力の誤動作が少なくなります.以下では,シュミット・トリガの2つのしきい値について解説し,入力に雑音が重畳されたときに誤動作しないことをシミュレーションで確認します.
●しきい値が1つのコンパレータは雑音で誤動作する
始めに,図1のシュミット・トリガ回路と比較するため,図1の回路を修正して,しきい値が1つのコンパレータに変更します.その回路の入力信号に雑音が重畳したときの出力誤動作について調べます.
図3は,図1のR1とR4の接続を外し,R1側を電源へ接続した回路です.このように変更することで,しきい値が1つのコンパレータ回路になります.具体的に,1つのしきい値電圧が,2.5V(電源電圧5Vの半分)になるようにします.図1のR1を10kΩから,図3のR1のように,30kΩへ変更し,差動対の片側の入力(Q2のベース)に加えています.この回路はQ1とQ2の差動対に,R4とR5の同じ抵抗負荷が付いた差動アンプをコンパレータとして使い,OUTからディジタル信号を出力する回路になります.R3は,Q1とQ2の差動対のテール電流を決める抵抗です.
図4は,図3の入出力特性の図です.図3の入力(IN)へ周波数が5Hzで,振幅が5Vの三角波を入力し,入力電圧が0Vから5Vへの推移と5Vから0Vへの推移するときの両方について,出力(OUT)をプロットしました.このように,入力電圧が増加する方向と減少する方向の両方において,1つのしきい値電圧(2.5V)を境に,出力電圧V(OUT)は"L"と"H"のディジタル信号になります.
出力は1つのしきい値を境に"L"と"H"になる.
次に,図3の入力(三角波:周波数が5Hz,振幅が5V)に,雑音成分(正弦波:周波数が400Hz,振幅が200mV)を重畳したときの出力応答を確認します.シミュレーションは,ドット・コマンドの「.tran 200m」を指定し,0ms~200ms間のトランジェント解析を実行します.
図5がシミュレーション結果で,三角波に雑音が重畳した波形と,出力応答をプロットしました.このプロットのように,入力信号の雑音がしきい値電圧を複数回交差するので,出力が誤動作することが分かります.一般に,しきい値が1つのコンパレータは雑音による誤動作があることが弱点になります.この対策として,2つのしきい値を持つシュミット・トリガ回路が使われます.
しきい値を交差する雑音により,出力は誤動作する.
●シュミット・トリガ回路のしきい値の検討
解答で検討した,しきい値(VTH1)の机上計算は,V+を抵抗分圧した電圧より「VTH1=3.2V」でした.この検討はトランジスタのベース電流を無視したときのしきい値です.ここでは,しきい値設計の精度を上げるため,ベース電流を加えて机上計算します.また,シュミット・トリガ回路にはもう1つのしきい値(VTH2)があります.こちらも同じように机上計算で検討します.
●VTH1の机上計算
解答で解説したように,VTH1は,入力電圧が0Vから5Vへ推移するとき,「Q1はOFF,Q2がON」の状態から「Q1はON,Q2がOFF」の状態に切り替わるときの入力電圧です.この動作より,VTH1は,切り替わる直前の「Q1はOFF,Q2がON」で発生するQ2のベース電圧(VB)になります.VBはQ2のベース電流により電圧が変化します.この関係をVBが発生するノード(Q2のベース)のキルヒホッフの電流則を使って表すと,式1になります.ここでIB2はQ2のベース電流です.なお,図1のQ2のベース電圧をVB,Q2のエミッタ電圧をVEとします.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
Q2のベース電流IB2は,Q2のコレクタ電流との大小関係が「IB2<<IC2」とすると,エミッタに流れる電流をトランジスタの電流増幅率(β)で除算した電流なので,式2になります.ここで,VBE2はQ2のベース・エミッタ電圧です.Q2のβはトランジスタが飽和しているので,能動領域の電流増幅率より低い値になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
式1へ式2を代入して,Q2のベース電圧VBについて解くと式3になります.
・・・・・・・・・・・(3)
VTH1は,VBを交差する入力電圧なので,式3が1つ目のしきい値になります.図1の具体的な回路定数を入れ,トランジスタが飽和しているときの電流増幅率を「β=20」,ベース・エミッタ電圧を「VBE2=0.6V」とすれば,「VTH1=2.98V」になります.
●VTH2の机上計算
2つ目のしきい値のVTH2は,入力電圧が5Vから0Vへ推移するときの「Q1はON,Q2がOFF」の状態から,「Q1はOFF,Q2がON」の状態に変わったときの入力電圧です.この動作よりVTH2は,切り替わった直後のVBの電圧になります.机上計算はVEを求め,その結果を使ってVCを求めます.VCがわかるとR1とR2の抵抗分圧よりVBが求まり,VBが2つ目のしきい値電圧(VTH2)になります.切り替わる直前と直後の回路の電圧を検討します.Q1がOFFする直前の入力電圧は式4になります.なお,図1のQ1のコレクタ電圧をVCとします.VBとVEは,VTH1の検討と同じです.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
Q2がONした直後の電圧VBは式5になり,この電圧がVTH2になります.このときのVBE2は式4のVBE1と等しいと考えることができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
Q2がONした直後のVBは,VCをR1とR2で抵抗分圧した電圧でもあるので,式6が成り立ちます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
Q1がOFFする直前のVEは,Q1のエミッタ電流とR3の電圧降下なので式7になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
このときのR4に流れる電流は式8になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
同様に,R1に流れる電流は式9になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
VEは式8と式9を式7へ代入して整理すると,式10になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
VCは,式5と式6のVBは等しいことを使ってVCで解いた後に,式10のVEを代入して整理すると,式11になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
VTH2は,式11を式6へ代入すると式12になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
図1の具体的な回路定数を入れ,電源電圧を「V+=5V」,Q2のベース・エミッタ電圧を「VBE2=0.6V」とすれば,「VTH2=2.07V」になります.
●シュミット・トリガ回路の入出力特性
図6は,図1のシミュレーション結果で,入力電圧が0Vから5Vへ推移するときと,逆に5Vから0Vへ推移するときの両方について,入出力特性をプロットしました.カーソルで2つのしきい値を調べると,「VTH1=2.92V」,「VTH2=2.15V」になります.VTH1は,解答(c)のおおよそ3Vに近い値になることが分かります.そして,精度を上げた机上計算で求めた式3と式12のしきい値は,さらに,シミュレーション結果に近い値であることが分かります.図6の入出力特性において,信号の中点電圧を2.5Vとすれば,2つのしきい値からの電圧差がノイズ・マージンになります.
VTH1が2.92V,VTH2が2.15Vになる.
●シュミット・トリガ回路に雑音を重畳したときの出力応答
図7は,図1のシュミット・トリガ回路に,入力(三角波:周波数が5Hz,振幅が5V)に,雑音成分(正弦波:周波数が400Hz,振幅が200mV)を重畳した様子をシミュレーションする回路です.200mVの雑音振幅は,図6のノイズ・マージン以内に入ります.しきい値が2つある図7の出力応答と図3のしきい値が1つしかないコンパレータの出力応答を比較します.
図8は,図7のシミュレーション結果です.三角波に雑音が重畳した波形と出力の出力応答をプロットしました.このプロットのように,シュミット・トリガ回路にはノイズ・マージンがあるので,図3のシミュレーション結果の図5と比べると,出力は誤動作しないことが分かります.
ノイズ・マージンがあるので,出力は誤動作しない.
以上,NPNトランジスタと抵抗を用いたシュミット・トリガ回路の2つのしきい値について解説しました.このシュミット・トリガ回路は,コンパレータICを用いずに,トランジスタと抵抗のみの少ないデバイスで作ることができます.注意点として,トランジスタの飽和領域を使う回路なので,しきい値は実際のデバイスとシミュレーションで差が出ることがあります.これはトランジスタの飽和領域の特性は,シミュレーションと合わないことがあるのが理由です.それ故,回路定数を決めるときは,実際のデバイスを使った回路とシミュレーションを併用して特性を合わせていきます.コンパレータICを用いた同じ機能の回路については,過去のメルマガ「ヒステリシス・コンパレータのしきい値」を参照してください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice7_044.zip
●データ・ファイル内容
Schmitt trigger Transfer characteristic.asc:図1の回路
Schmitt trigger Transfer characteristic.plt:図6のプロットを指定するファイル
Comparator Tran.asc:図3の回路
Comparator Tran.plt:図5のプロットを指定するファイル
Schmitt trigger Tran.asc:図7の回路
Schmitt trigger Tran.plt:図8のプロットを指定するファイル
■LTspice関連リンク先
(01) LTspice ダウンロード先
(02) LTspice Users Club
(03) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(04) LTspice メール・マガジン全アーカイブs
(05) ◆LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(06) ◆LTspiceアナログ電子回路入門アーカイブs
(07) ◆LTspice電源&アナログ回路入門アーカイブs
(08) ◆IoT時代のLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(09) ◆オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(10) ◆LTspiceエデュケーショナル・ファイルで学ぶアナログ回路アーカイブs